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13日目 体力半減

8月30日 日曜日

 昨夜は北海道に来てから初めて明るい月夜だった。夜中の冷え込みを警戒してフリースも羽織ってシュラフに入った。
 やはり朝の空気は昨日とはちがっていた。4時から二度寝で5:30起床。めったに二度寝はしない(出来ない)のに、1時間半も熟睡したのは明け方の冷え込みだけではないだろう。


 テントを畳んで荷物をパッキングして、いざ出発となって鉢巻のばんだなと手袋とアームカバーが無い。どうやらテントの天井の紐に干したままテントを畳んだらしい。
 ここでテントを広げて、再びパッキングするのは億劫なので、これは目をつむることにした。

 少し走って、口の違和感が何気にきになった。舌で口の中を探ってみると。なんと、入れ歯が入っていない。・・・・、これは大変だ! 手袋どころではないのでキャンプ場に引き返して顔を洗った炊事場を確かめる。・・・、う~む?洗面道具の袋も見たし、食事関係の袋も見た。
 これは何が何でも探さないと旅は頓挫しかねない。自転車に取り付けた4つのサイドバッグを順番に、中の小物袋までも虱潰しにさがした。根気の限り探して、小さなサイドポケットの底で遂についに発見した。
 手袋といい、入れ歯といい、こうも不注意が重なるようでは、もっと慎重に気を引き締めないと危険極まりない。良い警告と受け止めて注意して走ろう。



 昨日に引き続いて石狩湾沿いに北上する。
 増毛の旧市街をはしる。札幌軟石造の旧家を見た。今は用品店のようだが建物の規模から、元は何商だったのか気になる。






 57kmを走って、留萌市のゴールデンビーチるもい海水浴場にテントをはった。





名前の通り日本海に入ると夕日が美しかった。






 北海道では海辺にトイレと水場を備えた駐車場が良く在るが、それもぼちぼち閉鎖されかけている。9月に入ると炊事場のカランは外されトイレに鍵が掛かって閉鎖される。




 それはそうとして、去年は札幌から留萌まで120kmを1日で走ったが、今年は2日間の行程になってしまった。物忘れといい、走行距離といい。これが最後の北海道になるのたろうか。
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51- 思出の公園は?

 この旅行も遂に50日を超えた。有難い事に体調も良く、旅を楽しんでいる。

 起床 3時30分 快晴 3度
  夜空の星の輝きから寒さが予想されたのでダウンのアンダー上下を着てシュラフに入る。このスタイルでは−10度程度の雪山も耐えられるので下界での秋には問題無い。

 出発 6時35分 晴 6度


 道の駅・伊達までは45分だった。
 この駅には泊まれそうに無いと思っていたが、トイレの横にもスペースが有るしなかなか有り難そうだ。


 道の駅・あぶた あまり期待できない。


 洞爺湖サミットの舞台になったホテルが山の稜線に見える。



 
 道の駅・とようら は庇が長いのでなんとかなりそうだ。




 道の駅・とようら から少し走ると礼文華峠が在る。標高は170m程だから大したことは無い筈だがどうにかこうにか越えた。



 長万部では11年前に大雪に降られた公園を探しに駅前まで行ったが思い違いだった。しかし、後ほど。町の人が公園は駅から徒歩で10分程だと教えてくれた。街並みの詳細地図を見せてもらうと、トイレの場所などに覚えが有った。
 この旅行の目的の公園に行き残ったのは残念だった。


 噴火湾に沿って南下して八雲町に着いた。
 ここには道の駅が無い。さらんべ公園の橋の下にテントを張った。
 前はパークゴルフのコースで気持ちの良い所だ。橋にはほとんど自動車も通らず静かな夜がやって来た。







明日は北海道で唯一つ指定されている国宝・中空はにわを見に行く。

50- 激走&烈風

10月4日(土)
 起床 4時 曇り 14度
 出発 6時5分 曇り

 鵡川に来るのが3度目とあってバス停の在り処を覚えていたので大いに役立った。道の駅・おうむは温泉が520円で入れるし、スーパーまで歩いて7分程と雨宿りには適したところだ。

 鵡川から苫小牧へは国道235を走るのがメインだが、遠回りをする国道よりは道道を繋いで走る道を知っている。この道は未開発の工業団地のような所を走るので一つ間違うと何処を走っているか分からなくなる可能性がある。
 今回は無事に難所をクリアして道道781に無事に入った。跨線橋を越えるとすぐ左側に勇払開拓記念館?と公園が在りビバークが出来そうだ。

苫小牧で驚いた事は直ぐ郊外の樽前山の溶岩ドームから白煙が数本立ち上っていた。御岳の後だけに火山に気が惹かれる。




 室蘭の道の駅は半島のどんズマリに在って、半島の先端と本土を繋ぐ白鳥大橋は自転車が通れないので道の駅をパスする。明石大橋を見慣れている目には白鳥大橋が華奢に見えて崩壊しないか気になる。


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 室蘭を過ぎると進路が北西に変わって、北海道の冬の季節風が真正面から襲ってくる。
 道の駅・伊達まで行きたかったが烈風に打ち負かされて半分泣き泣きネグラを探していると、伊達市に入った黄金に公園を発見した。
 大きな東屋・床板張り、トイレ、水道これだけでも有り難のに、徒歩3分にコンビニまで揃っている。




 この日は北海道の上に入った11月並みの寒気が烈風を浴びせてきた。公園の裏は海岸で風を遮る物が無いのでテントを張るのに工夫が要った。
 初めは東屋の辺に習ったが、それでは風をもろに受けるのでテントを落ち着かす事が出来なかった。結局、東屋の対角線に合わせるようにテントを建てた。更に、横倒しの自転車をアンカーにしてテントのロープを張った。




 どうにか無事にテントに潜り込めた。

49- シシャモ寿司

10月3日(金)
 
 予報では雨が降るのは午後のはずだったが夜中から降り出した。バス停の庇から落ちる雨音で本降りの様子が分かったので早起きは止めた。
 しかし、 バス停は3畳ほどだが自転車を入れてテントを張ると空きスペースが無いので、 バスの始発時間の6時30分までに起きないと乗客がやってくる。




 鵡川に来たのは3度目だが町中を歩いたことが無い。食料の買い出しを兼ねて暇つぶしに散歩する。ほんの30分も歩くと町の大部分を見てしまう。
 鵡川はシシャモが多く獲れる所でシシャモの販売店が多い。其の中の一店では食堂を兼ねていたのおで入った。
 シシャモすしセット、1,820円を注文する。
 メインはシシャモすしである。小振りな魚のシシャモにの片身で2貫の握りを作るのですしも小振りなものになる。粉さんしょに焼塩を混ぜたものを付けて食べる。・・・・・あんまり味がわからない程上品な?ものだった。シシャモのにぎりはシシャモの漁期の10月から少しの期間しか食べられないものだそうだ。
 他のメニューはシシャモのフライ。ウスターソースが出てきたのにはがっかりした。タルタルソースを提案しておいたがどうするだろうか。後はシシャモの澄まし汁、’シシャモと白菜の漬物2種類。金額的にはまあまあ妥当なところだった。

 食物を見ると写真を忘れる浅はかさは抜けないものだ。


 明日は雨が上がるだろう。苫小牧までは行こう。

48- 快走100㎞ラン

10月2日(木)
 起床 4時 6度 曇り
 出発 6時20分 8度 曇り

 昨日は襟裳岬を回って進路が北北西に変わった途端に猛烈な向い風が容赦なく襲いかかった。そのまま50㎞も激走したので左足が筋肉痛だ。しかし、今日は鵡川まで行かねばならないのだ。


 このルートは日本の競馬馬の主要な産地で軽種馬生産者協同組合とか軽種馬研究施設などが集中している。競走馬を生産している牧場は大変オシャレだ。






トイレのドアの取手もステンドグラスも当然競馬括りだ。





 
 勿論街灯も競馬馬だ。街灯は通過する町ごとに意匠が違う。主なものを挙げると。






 天下を圧したハイセイコウも日高地方の産で立派な記念碑がある。




 競馬に疎い私でも社台ファームの名前だけは知っている。その道では超名門牧場だ。




 旅は楽しい。

47- 襟裳岬を過ぎて

10月1日(水)
 起床 3時30分 快晴 3度
  今日から10月イン。流石にダウンのインナーを着込む。

 出発 6時 快晴 5度


 広尾の交通公園から海岸に出ると、そこから黄金道路が始まる。

 11年前はトンネルの工事中で自転車の通行を禁止していた。すったもんだでどうにか通ることができたので、今回も揉め事が有りはしないか心配したが通行止めの表示は無かったので一安心だ。




 黄金海岸という名前は急峻な崖が迫る波打際にトンネルやシェルターを連ねた道路を作るのに黄金を引き詰めるほどのお金が掛かったことからの名前らしい。
 しかし、激しい波が打ち付ける海岸は日高昆布の主な産地で、この季節は舟によって海底に根付いているコブを絡め取る漁は禁止だが、荒波に流されたコブを拾うことが行われている。




 約30㎞の黄金道路を無事に通過して望洋台に到着した。
 自転車で走った感覚では道路の 1/4
がトンネルで 1/4 がシェルターで残りが普通の道と言う感じだ。ここに在る黄金トンネルは3,700m余りで北海道一の長さだが幅の広い歩道が在るので安心して走れた。
 望洋台以北が黄金道路だ。見える範囲はトンネルかシェルターが連続している。




 望洋台から襟裳岬までは14㎞だが、緊張を強いられた後だけに思いの外にしんどい道だった。
9時50分、47.5㎞を走って襟裳岬に到着した。
 日高山脈がここから始まる。その流れは海の底から連なっているのだ。






 ほろべつ駅まで走って、 表には数台の車が停まっていたので安心して 今は使われていない駅舎で営業しているメシ屋に入った。




 折角、北海道の海縁の町に来たから海鮮天丼を頼んだ。
 出てきた天丼のエビは15㎝はあるが、真っ黒け程の空揚げ状態だ。勿論、エビは揚げ過ぎで固くなっている。ここのおやじ(30代?)は料理店で修業をしたことが無いのだろうか?天ぷらの基本が全く分かっていないのか、どの天ぷらも天ぷららしくないほど揚げ過ぎ。おまけに、飯に掛けられた出汁は単に甘いだけの醤油汁。
 余りの酷さに叩きつけて「金返せ」と言いたいとこだったが、ここで食って置かないと今夜の寒さには耐えられ無さそうなのでグッと堪えた。1,280円は本当にドぶに捨てたようなものだった。


 メシヤから出ると、近所のオジサンが、もう少し先に無料のライダーハウスが在るよ~と教えてくれた。
 本当に有難いライダーハウスだった。20畳ほどのニードルバンチ張りで清潔そのものだった。東京からの若者と二人でお世話になった。





 明後日は夜が明けると雨との予報なので、明日中に道の駅・むかわに行きたい。100㎞が走れるか?

46- パンは・・・・?

9月30日(火)
 起床 4時 5度 霧が深い。
 出発 6時50分 8度 霧
  夜中が寒くて幾度も目覚める。


 若者は帯広から日勝峠を越えると走り出した。松阪に帰ったらケーキ屋の準備をするそうだ。


 私が北海道旅行が好きな理由の一つは広大な農地とそこで働く機械を観ることだ。特に収穫機械は本土ではお目にかかれないものだ。
 このマシンはジャガイモの収穫機で、ローターがすくい上げたイモを後部に乗った人が良品と不良品を分けている。




 湿原の脇を走っていると大きな鳴き声がした。もう鶴が渡って来たのだ。




 道の駅・うらほろ から広尾までの63㎞の間にはコンビニなどが一切無い。
 途中で手持のパンを探したが、何時、食ったか覚えが無いが、兎に角パンが無いのだ。ポケットの飴を舐めたが腹の足しにあ成らず少なからず焦りだした。
 広尾へは10㎞以上は遠回りになるが、背に腹は代えられず道の駅・コスモール大樹へ行く。

 道の駅の手前には大樹の町役場が在って、周辺は大きな公園になっている。
 道の駅はスーパーマーケットの一部を間借りしているのか? と思った。まあ、そのお陰で食料が手に入った。


 96.6㎞を走って、15時30分、ようやく広尾に着いたが、ここには道の駅が無いので寝床を探す。
 期待した町役場周辺はダメ、十勝神社もダメ、漁港近くの公衆トイレも町中で空きスペースが無い。北海道で寝床に困ったのは初めてだ。
 最後に期待した旧広尾駅。
 帯広から愛国とか幸福などの駅を繋いで広尾まで走っていた広尾線は今は廃止されたが駅舎はバスターミナルとして活用されている。


 
 有難い、やっと公園を発見。 
 鉄道の遺構を活かして鉄道公園を整備している。撮り鉄が来ていた。







 付近はパークゴルフ場になっている。
 町中の公園だが鹿の楽園でもあるのでゴルファーと鹿とが共存している。




 明日は襟裳岬を越えよう。

45- 若者への期待

9月29日(月)
 起床 6時

 ホテルの朝食は6時30分からなので出発はどうしても遅くなる。
 今回利用した東横インは無料の朝食がサービスされるのが気に入って時々う利用するが、この釧路pのホテルの朝食メニューは今までに出会った中でも最も貧弱なものだった。それでもヨーグルトが有ったので良しとしよう。

 出発 7時30分 快晴 13度

 2日間のホテル休養の後などで身体が軽い。裏を返せば、テント暮らしは疲労を蓄積しているのだろう。

 釧路の町は港とJRの線路とによって形成されている。港と線路に挟まれた細長い街の主要部から交通の主たる幹線となる国道へはJRの線路を跨ぐ橋を越さなければならない。しかし、自転車乗りの性として登る事を避けたいので少々の遠回りは甘受する。跨線橋を跨がずに線路の北側へ行くには釧路駅の東の外れを大回りする。これが結構な、予想以上の距離を走ることになった。11年前の記憶でも釧路からの脱出に苦労したことを覚えている。襟裳岬方向への国道36の表示を見るまでに5㎞も走ることになった。

 国道36沿いの海岸は砂浜が草付きに変わり、そのまま国道に繋がっている。場所によっては国道と海との間に魚の加工工場などが点在している。
 国道に面する海岸は遠浅なのか随分と沖から白波が立っている。大きな白波の壁となって砂浜に打ち上って波しぶきを上げる。何キロも繋がる砂浜が巻き上げる波しぶきで遠くの景色が霞んでいる。これほどの大波ならサーファーが押しかけると思うが、一向にその気配が無い。四国の甲浦などでは真冬でもサフィンをしいるのに何故か不思議だ。潮流が早くて危険なのだろうか?

 道の駅・しらぬか恋問はこんな水際に在る。
 ローソンの物置かと一瞬思うほど陰の薄い存在だった。
 道の駅と国道を挟んだ反対側には北海道第一と銘打った広大なソーラー発電がある。道の駅にはそれを見物するための展望台まで有る。が、しかし。こんなに波しぶきが押しかける海岸にソーラーパネルを設置すると塩の結晶化やその他の塩害で設備寿命が短くなりそうだ。

 
 きょうの目的地、道の駅・うらほろ に13時20分到着。75㎞だ。
 道の駅の売っているパンがすごう美味しかった。売り場のパンが少なくなると売店の人が連絡するのか、近くのパン屋さんが日に何度も焼きたてのパンを運んでくる。道の駅にはレストランが有るが、メニュウはカツが載ったスパゲッティが売りの程度のありふれたものなので、売店のパンを発見できたのは大変な幸運だった。結局、パンを3個食べて昼食を済ませた。



 
 道の駅に若者がやって来た。
 松阪の生まれで、大阪のケーキ屋で10年間の修行をしたケーキ職人だ。
 手に職を持った、自信に溢れた若者を観るのは実に気持ちが晴ればれとする。まるで自分の未来を託すことが出来るかのように。大げさにいうと、きっと人々の幸せを盛り上げるケーキ屋という職業を誇らしく語る若者の熱意に同感したのだろう。近い内に店を開く具体策が実現出来ることを期待を込めて祈っている。




 道の駅のテラスに二つ並べて張ったテントで若者と語り合った夜は今回の旅の良い想い出になった。


 今回の自転車旅行は2,000kmを超えた。

44- 釧路の苦悩

9月27日
 長い旅では時々何もしない完全休養日をとってリフレッシュをしないと旅そのものが苦痛を伴う労働に堕ちてしまう。

 釧路の町をフラフラと歩いた。
 駅近くの観光スポットにもなっている和商市場は日曜日は休みだった。丼飯を買って、刺身の小盛りを数種類盛り付けて勝手丼を作るのを楽しみにしていたのに残念だった。

 釧路市街の中心地でも空き地が多い。駅から徒歩5分圏でも空き地だらけだ。まるで地上げ戦争の跡地のように見える。大きく見える中心都市も既に衰退期に入っているのだろう。


 知床五湖で合った、ムキムキ腿の若者達、道の駅厚岸で出会って写真を添付してくれた青年。皆さんが釧路で活躍されることを期待したいます。

 明日からは襟裳岬を目指して走ろう。

43- 超難解地名

9月27日
 起床 5時  8度 快晴
  一段と秋の空気の気配が濃厚になった。テントが夜露でびしょ濡れになる。
 出発 7時30分   快晴


 夕陽を観に来ていたアベックが帰ると誰も居なくなった。道道を通る車もヨガ更けると共に一台も無くなって鹿の鳴き声も身近に聞こえだした。熊が出るのではと心配しだしたが今更どうにもならない。いざという時はテントの横の気象観測ロボットの囲いを乗り越えようと覚悟を決めた。
 不安な夜も無事に明けて眩い朝日が照らす海に昆布採りの小舟が多数浮かんでいる。

 
 この道道142沿いにはアイヌ由来の地名が連なっている。それに漢字を当てたので読みが超難解になってしまった。それが気になってこの道を走ろうという物好きが現れた。私も興味を持った一人だ。
 漢字の当て字とその読みの他に、本来のアイヌ語の意味も添えられている。例えば、小魚が多く獲れる小さな入江。説明文が長いのと消えかけているので読み取ることはできなかったが、それでも疲れを癒やしてくれた。
 三枚目の写真のアッチョロベツに至っては当て字の漢字すら分からなかった。








 厳しい登り坂をフラフラと登っていると、雑誌のカメラマンが写真を撮りながら「顔の色が勲章だね」と声を掛けてくれた。その後、旅の話で盛り上がった。


 釧路の市街に入ると春採という地名が有る。 ハルトリと読むがロマンチックな地名だ。 言葉の由来は不明だが、北国の人々が待ちかねた春には野の草摘みにやって来る所と言う意味だろうか。
 釧路は北海道東部の中心としなので結構市街地が広く幾つもアップダウンが有って中々中心部に辿りつけない。
 釧路のフイッシャーマンズワークでサンマの寿司を食べた。うなぎの蒲焼き風のサンマ寿司で飯にもタレが絡めてあって美味しかった。




 この夜は好天だったがホテルに泊まる。
 昨日今日と走った道道の細かいアップダウンが応えて疲れ気味なので完全休養をしたいので連泊する。
プロフィール

自転車で100名山

Author:自転車で100名山
10年計画で自転車だけで100名山を完登した記録。登山旅は旅程そのものがドラマだ! 定年からの100名山は自転車の旅で楽しもう! 
トムラウシへの道には車輪よりも大きなフキが群れている。

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