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32日目 5月31日

 起床4時、小雨。
 出発5時10分、霧雨。

 大窪寺へは県道を歩く。
 時々は自動車が通るが人影は全く無い。


 家が全く無い小さな峠の頂で、クリーム色の犬が座って私が近づくのを待っていた。
 微笑んだような温かい眼差しで私を見ながら近づいて来た。この温かい眼差しはきっと母に違いないと思えた。路肩に座ってパンを一緒に食べた。
 


第88番札所 大窪寺

 結願所に着いた。
 今年も歩き通すことが出来た。
 






 

 大窪寺からJR長尾駅まで町のデマンドバスに乗る。
 徳島で銭湯に行く。

 新町温泉
 「お遍路さんは入浴料はお接待です」と思わないサービスだった。






 夜行バスで帰宅。今年も無事にお遍路を終えて心安らかだ。




 
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31日目 5月30日

 本当に暖かくなった。
 起床は4時30分、薄い曇り、20℃。
 出発 5時30分、22℃。

 私は屋島にはなかなかスムーズには登れない。今回気がついたが、地図上の休暇所と私が知っている、今回も使った休暇所はどうやら別らしい。休暇所からの出だしがまるで方向違いだからスムーズに登れる筈が無い。
来年は成功するぞ、と決心した。


第84番札所 屋島寺

 私は屋島寺に訪れるたびに、安物の撮影セットのように思えてならなかった。その原因は境内に緑が少ないのだ。まるで砂場に作ったロケセットだ。
 屋島の地質が影響しているのだろうか、大木が根を張れないのだろうか。兎に角寂しい限りだ。







第85番札所 八栗寺

 ケイブルカーが有る程の急坂を30分も登る。
 神社と寺が一緒に祀られていた状況を残している。





第86番札所 志度寺

 町中に在るのにまるで山奥の寺院かと思わせる森が深く、五重塔も立派だ。




 33℃に打ちのめされながら87番札所長尾寺。
 納経所は団体さまが優先で個人はたっぷり待たされる。



 道の駅長尾の遍路交流センターに着いた。
 ここで遍路に対応される婦人はすごく気持ちの良い人で話が弾んで椅子からたちあがれない。
 センターは16時までだ。

 今夜は遍路交流センター横の東屋の幅の広いベンチの上でツエルトを被った。

 



 少し遅れてフランスの二人の青年がやって来た。
 一年間の日本旅行だって。



 今日は12時間で30km歩いた。
 雨が降り出した。朝までに止んで欲しい。

30日目 5月29日

 今日は劇烈歩きの一言に尽きる。

30日目 5月29日

 昨日に予定していた78番・郷照寺の山門が開くのを待ち構えてお参りした。






 続けて第79番札所高照院を打った。(打つとは札所にお参りすること)。


 今日のコースでは、ここからが思案のし所だ。
 順番通りなら80→81→82となるが、81と82は高松市の裏山と言うべき五台山の上に在る。
 前回、町の人が教えてくれたコースでは、80番を後回しにするのが打ちやすくする方法だ。


第81番札所 白峰寺

 この寺に接して崇徳院の御陵がある。院は実権を得ようとして保元の乱を起こしたが敗れて讃岐に配流され、この地で崩御しダビにふされた。その場所に御陵が祀られて、今は宮内庁が管理している。
 崇徳院といえば「瀬をはやみ 岩にせかるる たきがわは ・・・」、有名な歌の名手だった。また西行も歌の名手だったので交流が有った。また、西行はこのちかくに庵を結んでいた。


 崇徳院御陵





第81番札所 白峰寺

 干支ごとのお社が有る。因みに私は未だ。身近に寅もいるが・・・。








 

第82番札所 根来寺




 やっと山門に着いたと思ったら、下って上がる。





 白峰寺と根来寺は標高470m程の山上だが、次の国分寺は山裾に在るので急坂を下る。
 膝も爪も痛くなった。


第80番札所 国分寺

 日本中に創られた国分寺の多くは失われているが、四国の4つの国分寺は健在だ。これは弘法大師のお陰かも知れない。







 この後は83番 一宮寺にもお参りした。

 
 折角、高松に着いたので讃岐うどんを食べようと、道々探して歩いたが、無い時は無い。遂に屋島のすぐ下の最後のコンビニでパンになってしまった。

 屋島の登山口の休暇所でツエルトを被った。

今日は約15時間で51.8km歩いた。

29日目 5月28日

 起床4時、もう寒く無い。
 出発5時30分。


 
 昨日のブログに書いた銭形の展望台の話は今朝の事だ。展望台から山を下ると至って容易に札所に行けた。

第68番札所 観音寺
第69番札所 神恵院

 二つの札所は同じ敷地内に在って納経所も一カ所だ。





第70番札所 本山寺

 田園風景にお寺の森、そこに浮かぶ五重塔。理想的な日本の原風景だ。それに朝霧が重なると申し分なさすぎる。
 近づくのに時間が掛かり過ぎて朝霧が晴れたのが残念だ。




 本堂は国宝、山門は重要文化財である。また明治期の再建ではあるが五重塔もある。









第71番札所 弥谷寺

 前野札所から11km余りを歩いてたどり着いた。
 曲がりくねった石段を散々歩いた後に直線的な108段の階段が待っている。
 本堂には空海が籠もって修業した洞窟が有って空海像が安置されている。

 参拝者が話すには、この札所は日本三大霊場だ。青森県の恐山とここ弥谷寺、それに・・・・。ここの所は聞き損ねた。
 霊気が強いので、寺から出る時は後ろを見ない習わしが有るというが、私は後ろを何度も振り返って母に出現を願った。









 今は懐かしい風景になってしまった麦秋の盛りだ。この後、田植えが待っている。




第72番札所 曼荼羅寺

 村の小さなお寺も増改築の盛りだ。来る度に綺麗になって行く。





第73番札所 出釈迦寺





第75番札所 善通寺

 言わずと知れた四国随一の大寺院だ。空海が生まれた所だ。
 建造物の総てが荘厳だ。








第76番札所 金倉寺

 お寺の名前からしてお金が大好き。黄金の大きな絵馬?に金の大黒天。大黒さまには客に買わせた金箔を自分で貼らせる。このあっけらかんとした明るさが売り。







 


最後に
第77番札所 道隆寺



 今日は約12時間で、34.8kmしか歩けなかった。

 一つの札所にお参りすると少なくとも2~30分は掛かる。この時間を距離に換算すると約2kmだ。
 今日は68番から77番までの10箇所をお参りした。これだけで20kmに相当するので、実際に歩いた34.8kmを足すと納得の50km超えになる。


28日目 5月27日

 今日は、この遍路で最も過激な1日になる。
 前回までは2日に分けていた行程を1日で走破する。

 
 起床4時、出発5時15分。18℃快晴、今日も暑くなるだろうが、標高900mの涼風を期待する。


 遍路道にはユキノシタの花が溢れていた。




 また、遍路道を示す古い道標も数多くある。







 これは弘化3年と読める。




第65番札所 三角寺

 到着は6時20分。納経帳を受けて頂いた。










 本堂の側面だが、姫路市の書写山円教寺の食堂(じきどう)をイメージさせた。

 三角寺を出たのは6時35分。


 昨年お世話になった善根宿。運送会社のガレージにベッド、冷蔵庫、流しが有る。




 椿堂

 弘法大師が杖にしていた椿を差したことが由来になっている。





 国道を1時間余り歩くと愛媛県と香川県の境の境目トンネルだ。前の冬、雪でトラックが動けず大渋滞になった。


 このトンネルを出ると香川県だ。
 阿波、土佐、伊予と三国を歩きつくしたのに、今年はまだ母に会えない。母はどの辺りを歩いているのだろうか。厚さ当たりしないように水をしっかり飲んでいるだろうか。



第66番札所 雲辺寺

 四国遍路で最も標高の高い910mである。

 強烈なさかを約2km登ると小さな尾根を跨いで尾根の斜面を斜めに登る。
 11時26分、山の上の林道に出た。そこから雲辺寺までが遠かった。

 本堂に着いたのは12時10分。ここまで約24km。









 母と四国旅行に来た時に雲辺寺にもお参りした。その時にもとめたのが、今も持ち歩いている納経帳だ。



第67番札所 大興寺

 この寺の納経所に座った人は、頭は今正に剃り上げたばかりかと思わせる。端正な顔立ちと振る舞い。いままでに出会った僧という立場を良く体現した人だった。






 まさか写真を撮らせてもらう分けにはゆかないので。今年初めてのアジサイを写した。






 68番 観音寺は間に合わなかった。今夜は銭形公園で寝る。

 銭形公園の由来は1633年、時の殿様の視察を歓迎する為に村人が作った。左右が120m余り、上下が90m余りで、余りに大きくて近くで見ると単なる砂山だ。山の展望台からは寛永通寶と判るが、写真では定かでない。





 今夜は雨の心配が無いので、ジャングルジムの台にシュラフを広げた。





 薄暗くなってから三人の若者が
やって来た。
 外国人の男と女性二人だ。ここにもま全く日本語が分からないのに英語版のガイドブックだけです旅をするバイタリティは凄い。
 テントを持たないので、屋根を探していた。好適物件を紹介したのがきっかけで話を楽しんだ。
 男性はカリフォルニアから、二人の女性はアイルランド人だった。遍路に惹かれての初来日で、日本の安全性と親切さに感謝していた。



 今日は14時間15分で、45kmを歩いた。
 雲辺寺からの下り坂がきつくて最後の札所は時間切れになった。

27日目 5月26日

 起床4時、出発6時15分。

 このホテルのオーナーの夫人は心底からの花好きだ。私が6時過ぎに降りてゆくと既に花の手入れの真っ最中だった。
 ひとしきり花の話が盛り上がったところで、名残惜しいが出発した。




 このホテル・イレブンの特徴は、総てオーナー夫人のキャラクターが醸し出している。
 部屋が決まると夫人が案内して、非常時の脱出方法を丁寧に教える。中には、エレベーター内に備え付けられたマットや非常時の用足し用のコンテナの説明も有った。昨今言われている東南海地震では、エレベーターのドアを開ける職人は松山市から来るので、何時になるか分からない。そんな訳で、準備万端というわけだ。





 夫人に送られて出発した。
 真正面から朝日が顔を焼く。快晴、18℃。


 今日はひたすら一直線に東へ歩く。
 10時前には30度を超えた。11時を過ぎると、疲労の第一波がやってきた。よその家の影で昼寝を少し。


 13時40分、番外霊場の延命寺に到着。東屋で一寝入りして、また歩く。
 延命寺の名物は、西行が植えたという いざり松 が有ったが枯れて今は無い。


 暑さに完全に打ちのめされて、ほふらふらになりながら戸川公園に18時44分着。







 ここに33才の若者がやって来た。小淵沢の人で、長期勤務の報償の休暇で歩きに来たそうな。
 この年頃は、いつの時代も、若者は進路に迷うものだ。



 今日は14時間40分で40kmをあるいた・・・・。暑さのせいで40kmしか歩けなかった。






 

26日目 5月25日

 今日の前半は横峰寺への登山、後半は西条市の郊外に短い距離で密集している札所を駆け巡る。


 昨夜は寒くて何度も目が覚めて熟睡出来なかった。前夜は暴走族のオートバイ音、今夜は寒さ、やはり野宿は年齢と共に問題が浮き彫りになる。


 起床は4時、13℃、寒かった。
 出発は5時12分。寒いはずたよ快晴だ。暑くなる前に少しでも歩いておこう。

 横峰寺への登山口の湯浪(ゆうなみ)の標高は300m,ここまで20kmで約5時間だ。美味しい水が流れているので自家用に汲みに来る人もある。

 杉の植林地のなかを登る。
 標準差460mを約1時間30分掛かった。登山で求められる400mを1時間という標準を大きく下回るようになった。殆ど荷物も無いに等しいというのに。



第60番札所 横峰寺

 四国遍路道には幾つも難所が有るが、ここ横峰寺もその一つだ。




 今日はお釈迦さんの誕生祭で、甘茶のお接待を頂いた。




第61番札所 香園寺(こうおんじ)

 四国遍路の札所で最大の建物(鉄筋コンクリート現代建物)を誇っている。


第62番札所 寶寿寺

 この寺は88霊場に含まれて他の霊場と変わらない収入を得ているはずだのに、何が気に入らないのか、私のような客にまでくだをまくことがある。今日は事務員?のおばさんが隣の同僚との雑談の合間に納経帳に印を押して無言で突き返しして来た。
88霊場で最低な寺だ。



第63番札所 吉祥寺

 良く整備された気持ちの良いお寺だ。





第64番札所 前神寺






 今夜は西条市のホテルに泊まる。風呂付きツインで3900円。しかし、ベッドは一時代前のグニャグニャフワフワ型だ。これでは腰が痛くなりそうだ。


 奥さんは無類の花好きで話が盛り上がった。また、四国サイクリングでは泊まろう。
 

25日目 5月24日

 昨夜の道の駅・早風の郷はオートバイの暴走族の溜まり場で、一晩中爆音が治まらなかった。
 早々と目が覚めてしまった。

 起床は3時。
 出発は3時40分、曇り、18℃。


 午前4時前の国道は、まだ車の数は疎らだ。それでも、最も交通事故の多発する時間帯なので、運転手が居眠りしていない事を願って道の端を歩く。

 昨年、お世話になった星ヶ浦公園に着いた。時刻は7時50分、17.3km歩いた。
 昨年は今回と同じ時間に松山駅を出発して星ヶ浦まで歩いたが、今年は全く体力が追いつかなかった。


第54番札所 延命寺

 今日歩く札所は今治の市街地に在る。街の中に呑み込まれたお寺だ。






第55番札所 南光坊





 南光坊の建物は大きく荘厳な造りだが、完全に街中に飲む込まれているので山門内に自動車が乗り入れるなど、なんとももったいない事だ。



第57番札所 栄福寺







第58番札所 遊仙寺

 山門からの急坂が、この寺の特徴だ。昨年は、この坂であしうらのマメが破れてこの後のお遍路がつらかった思い出が有るので慎重に上下した。





第59番札所 国分寺


 流石に国分寺と思わせる荘厳な造りだ。









 今夜は道の駅・湯の浦(今治市)

この道の駅には入浴設備はないが、道の駅の敷地からお湯が湧いていて、お湯の自販スタンドもある。








 この道の駅は小さな建物だが、特徴は客のやる事が何から何まで気に入らないらしく、やたらと客を恫喝して、喧嘩を仕掛けている。ここが独占的地位にある道の駅では無くて普通の商店なら倒産確実た営業姿勢だ。
 この他には、トイレットペーパーの持ち出しもビデオ録画しているぞー、とここでも喧嘩腰だ。



 今日は14時間で、48.6kmを歩いた。





24日目 5月23日

 腎臓の定期検診も可もなく不可も無くというか、殆ど変わり無くまあまあということでお遍路を再開です。


 昨夜、東京駅の高速バス乗り場で若い女性に「今からお遍路ですか?」と声を掛けられた。彼女も遍路に行くそうな。
 
 松山駅には定刻より早く7時50分着。彼女は前回の続きの53番札所 円明寺から打ち続けるとかでJRで伊予和気へ向かった。今日は今治が目的らしい。


 私は52番札所 太山寺から再開だ。
 出発8時22分、曇り、25℃。
 予報は夕方から小雨らしいが、今にも降りそうな重い雲だ。

 
第52番札所 太山寺

 このお寺は小高い丘の上に在るが一ノ門は下の町に有る。




 町を抜けると山門が有る。山門の先は深い森の小道を行く。




 山門から本堂まで、まだ540m。
石段の上にもう一つの門が。





 その奥に国宝の本堂が在る。
 鎌倉期1306年の建築である。簡素を旨とする鎌倉時代の建築だ。
 



 自撮りレンズで初トライ。






第53番札所 円明寺

 山門を潜ってぐるりと見回すと全てが見渡せるほどの小さなお寺だ。大きな寺も、小さなお寺も、訪れるお遍路さんの数は変わりがない。あの膨大な収入は何に変わっただろう。ピカピカのトヨタクラウンが、その化身か?





 今夜は道の駅・早や風の郷の庇を借りる。


 前は瀬戸内海の小島が浮かぶ砂浜だ。





 3時頃から小雨がパラパラしだした。

 どうにか濡れずに道の駅に到着できた。

 小さな道の駅だが4畳程の板の台が有り難い。





 松山駅で別れた彼女は濡れずに今治まで行っただろうか。



 今日は約7時間で26kmを歩いた。

 明日は早立ちしよう。

23日目 5月17日

 20日の腎臓定期検査の為に埼玉県に帰らなけばならない。夜行バスは松山駅前発が19時20分なので、温泉を楽しむ為に道後温泉には15時までには到着したい。


 久万高原のおもご旅館を5時07分に出た。天気は晴れ、気温10℃、濃い霧が高原の町を閉ざしている。

 久万高原の標高は概ね500mで松山市へは標高710mの三坂峠まで上ってから、松山市街地の30mまで680mを下る。この高度差を一気に下るのが三坂峠だ。

 久万の町から約2時間歩くとようやく三坂峠の上に着く。この峠は松山と高知県を最短で結ぶ国道33が通っているが、遍路道は頂からは急坂を一気に下る。

 「むごい事だよ~ 三坂の馬子はよ~ 夜出て夜帰る~」 と三坂馬子唄に歌われるように昔から高知までの間で最大の難所といわれている。


 きつい峠道では、共に脚を痛めていた両親が心配になる。こんな所では「お大師さん、母がつらそうでしたら、どうか袖にすがらせてやって下さい」とお願いし、雨の日には、どこかで雨宿りをしているか気になる。



 峠を下って最初の札所は
第46番札所 浄瑠璃寺



 こじんまりした村のお寺。緑に埋まっていた。



 第47番札所 八坂寺

 昨年はこのお寺の通夜堂に泊めて頂いた。
 管理にお金を掛けているのがわかる。すっきりしている。





 札初大師堂で例の神奈川県からのスーパー早足さんとまたまた再会した。


第48番札所 西林寺




第49番札所 浄土寺





第50番札所 繁多寺

 重要文化財の空也上人木像がある。折角の貴重なものなのに拝観できず、残念。説明板の写真もぼんやりしていて、残念だが・・・。
同じ物は京都の六波羅蜜寺にもある。




 空也像を収めた本堂は落ち着いた好感を持てる建物だった。





第50番札所 石手寺

 石手寺は古くからの温泉地の道後から1.5km程で、お参りの人が多い。
 








 この後、道後温泉本館に行ったが日曜日の午後とあって入館料を買う人の行列が出来ている。近くの椿の湯へ行く。

 ここでスーパー早足さんと握手をして別れた。
 

 
 松山駅まで歩いて夜行バスに乗った。



 今日は13時間で、37.6kmを歩いた。


 検診に問題が無ければ23日からお遍路を再開の予定である。

 

 
プロフィール

自転車で100名山

Author:自転車で100名山
10年計画で自転車だけで100名山を完登した記録。登山旅は旅程そのものがドラマだ! 定年からの100名山は自転車の旅で楽しもう! 
トムラウシへの道には車輪よりも大きなフキが群れている。

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