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38日目 日高本線廃止?

9月24日 木曜日

起床 4:00

出発 5:45 快晴 14℃


5人の若者たち熱気でライダーハウス内は暖かく良く寝られた。爽快な目覚だ。


道の駅・三石
左側には温泉、右側にはオートキャンプ場と揃っているが、道の駅そのものは小さい。


道の駅・新冠
日高地方は競走馬の故郷といわれているが、中でも新冠はハイセイコー等の有名馬を産出した所として有名だ。
道の駅・新冠にはレコード館という名の競走馬の記念館がある。
新冠産では何と言ってもハイセイコーだ。





警察の掲示板も馬蹄型。





勿論、街灯は馬一色だ。







国道沿いには競走馬の牧場が並んでいる。まるでヨーロッパの厩舎かと思わせるおしゃれな牧場だ。











競馬を知らない私でも社台という名前はしっている。社台ファームの日高牧場だ。余りに広くて、遠くで草を食べている馬が二頭微かに見えた。





綺麗な牧場に、おしゃれな厩舎。そんな長閑な日高地方にも自衛隊の実弾射撃場がある。
望楼が建つ鉄板で囲われた基地の表には実弾射撃演習中を知らせる掲示板が有った。










今夜は道の駅・むかわで温泉に入ってから自転車置き場にテントを張った。



苫小牧市から日高の海岸線に沿って走っていた日高本線は廃線になったのか。レールは既に赤錆て、列車代行と表示したバスが走っている。
本線といっても、窮地に堕ちたJR北海道は必死に生き残り策を模索しているのだろう。
・・・・と、JR北海道の危機を心配したが、実は大雨による線路の崩壊の故に部分的な運休だった。
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37日目 快走 襟裳岬

起床 4:00 快晴

出発 6:22 快晴 12℃


広尾の町を出ると直ぐに黄金道路になる。黄金道路31kmの内40%はシエルターで20%はトンネル(全くのやまかん)。兎に角、お金を敷き詰めるほど建設費が高くついたので黄金道路というらしいが、シエルターとトンネルの長さからだけでもコスト高は頷ける。






北海道で一番長い黄金トンネルは5940mだ。12年前には建設工事をしていた新しいトンネルだが歩道は無い。





広尾から黄金道路を29.6km走った。望洋台についた。もう、黄金道路も終点がまじかだ。







襟裳岬の襟裳神社の祭礼日だ。
若者たちの御神輿、中学生の御神輿、小学生のおみこしも、全部のおみこしは人が担いで練り歩いている。更に、おはやしの太鼓も笛も生演奏だ。人口減が激しい地域ではおみこしを担ぐだけの人数が集まらず御神輿はトラックに載せて、お囃子は市販のCDをスピーカーから流している。
旗持ち、幟もちなどなど大人も子供も、皆が祭りを楽しんでいる。







襟裳岬からの道は競走馬の牧場が多い日高地方だ。
ハイセイコーも日高産だ。
トイレの取手も蹄のオブジェ。






トイレの中はまるで馬の美術館だ。ステンドグラスに見惚れた。










街灯も馬。






今夜は浦河情報ステーションという無料のライダーハウスに泊まる。












ライダーハウスの裏は苫小牧から様似(さまに)までの鉄道が有ったが、今は廃線になったのか線路は既に赤錆におおわれていた。
すぐ裏は太平洋、海抜5m。






今夜はチャリダーが5人。
昨日、広尾駅で一緒だった若者や稚内の北ドームで知り合った若者もやって来た。
中でも、広尾からの若者は左手が生来の不自由故に、左手では変速機が使えない。それを克服して、敢えてママチャリでの日本一周に打ってでたのだ。北九州から日本海沿いにやって来た努力に敬意を払いたい。私も彼に劣らないように後一年は頑張りたい。

36日目 広尾駅

9月22日 火曜日

昨日から快晴続きで快適なサイクリングを楽しんでいる。

起床 5時 快晴

出発 7:16 快晴 22℃


広尾の先には町は無いので、食料などを買う。広尾駅の近くにスーパーが有るので買い物が出来るし、内部には100均一もある。
更に、広尾の国道沿いのセブンイレブンの裏の近くに銭湯が有る。しかし、コインランドリーは無い。


今夜、テントを張るのは広尾駅の大きな庇の下だ。





広尾駅は帯広から幸福駅や愛国駅を通っていた広尾線の終着駅だった。
駅舎は当時のままで、プラットフォームの高さまで埋め立てて駐車場にしている。





駅舎の中は広尾線の博物館で、当時の鉄道機器が展示されている。





改札口に掲げられた時刻表は最後の列車が到着した時刻を示したままだ。





広尾駅の前の鉄道公園にはパークゴルフ場が有る。昨年は大きな雄鹿が悠然と草を食べる横でゴルフをしていた。






ママチャリで日本一周の青年もやってきた。

35日目 とんだ大チョンボ

今日は道の駅・うらほろまで105kmも有るので
起床は4時、
出発は6時 快晴 5℃
早く出発する。



70kmばかり走った頃に電話の呼び出し音がした。
昨夜お世話になったライダーハウス・あっけしのご主人から、カッパを忘れているとの事だった!

全く、とんだ大チョンボだ!!

ご親切に自宅に送って頂ける事になった。
感謝、感謝!!



道の駅・うらほろには15:30に到着したが、カッパの事が情けなくて気分はブルーのままだった。






この道の駅で売られているパンは美味しい。



大きな庇の下にテントを張った。満天の星が綺麗だ。明朝は寒くなりそう。

34日目 かまぼこハウス

9月20日 日曜日

 昨年までの北海道サイクリングではライダーハウスに泊まるよりはテントでの静かな環境が好きだったが、今年は雨宿り目的でないライダーハウス泊も多い。今夜を入れてライダーハウス泊まりが7泊だ。



 昨日、根室のサンマ祭りを中止させた嵐は厚岸地方では記録的な豪雨になった。その為に国道が冠水して片側交通になったり、牧場も水浸しになっていた。







今夜のライダーハウス・あっけしは機械部品を作っていたオーナーが始めた宿だ。
機械部品工場だったかまぼこハウスの中を区切って泊まれる部屋を作った。





中にビニールで二部屋つくった。





左の隅のソファーが私のベッドだ。





このライダーハウスでは宿泊代を取らない。宿泊代を取ると旅館業法に触れるとかで、バイクや自転車の駐車場代と言うかたちで500円を納める。

希望者は五右衛門風呂200円?やジンギスカンを550円で楽しめる。

33日目 嵐の一日

9月19日 土曜日

夜中から強い雨がブリキ屋根を叩きつけた。
出たくもない嵐だったが、コインランドリーに行った。
強風で傘の柄が折れるし、飛んだ傘を押さえようとして転ぶし、散々な目に遭った。


嵐は今日中続いた。
そのなかを何人ものライダーがやって来た。
このライダーハウスは30回とか20年間通っているとかいうヘビー級のリピーターが何人もやってくる。
奥さんの楽しさに惹かれるのだ。







根室のサンマ祭りは嵐で中止になった。
昨年はサンマ祭りでサンマを一匹食べたが、お代わりは何匹でも食べられるらしい。サンマ祭りで去年の分を取り返そうと思ったのに中止とは残念だ。


32日目 インディアンサマー

9月18日 金曜日

ノサップ岬の鈴木食堂でお任せ朝ご飯をお願いした。7:30には出発したいので、早い朝食をお願いしたが気良く引き受けていただいた。500円。





今夜から明日は強雨の予報なのて、根室のライダーハウス・インディアンサマーに泊まる。

魚介問屋の二階が40畳と8畳の雑魚寝部屋だ。女性部屋は無い。トイレは外、雨の日はつらかった。






私は2:30の受付開始時間について入ったので左奥のマットレスをあてがわれた。ラッキー!






ここのシステムは1300円の花咲ガニを食べる事が宿泊条件だ。宿代は無料になる。
カニのねだんがぼったくりではないかと疑うかも知れないが、結構、良い花咲カニだった。花咲ガニの味の濃厚さにすっかり虜になった。




すっかり食い荒らした。




夜は泊まり客が全員で記念写真。その後は奥さんと楽しい談話会、

 大変にお得なシステムだった。


31日目 ノサップ岬のサンマ丼

9月17日 木曜日

起床 4:30 快晴 寒い
   夜中は満天の星

出発 7:00 快晴 15℃


道の駅・スワン根室
 白鳥の飛来で名高い風連湖畔に在る。ガラス張りのオシャレな建物だった。
 9:14 10.98km







近くの畑には鶴が渡ってきていた。







ノサップ岬
 北方領土への最も近い本土だ。
ロシアが占拠した貝殻島まで3.5kmなので、国境は3.5の半分、1.
7kmだ。





北方領土に正対して北方領土返還を願うトーチが燃えている。
この外にも多くの北方領土アッピールのモニュメントが有る。







ライダーハウスの鈴木食堂はノサップ岬灯台にもっと近い食堂で、目の前は海だ。






ライダーハウスは店の裏に有る小さな平屋で7人で満員になった。











鈴木食堂はサンマ丼が有名だ。
客の人数を見てから新鮮なサンマを仕入れに出かけた。
これでサンマが一匹だそうだ。
大型サンマはおいしかった。




夕方に、チリ沖でマグネチード8.4の地震が有ったので警戒するようにと市役所の広報車が回って来た。
鈴木食堂の標高は10m弱、逃げろと言われても根室半島はホトンドが平らで高い所がないのだ。

夜中の3時にハワイの検潮所からの報告で日本中の太平洋岸に津波注意報が出たと
多くのスマホが緊急速報のベルを鳴らした。
5時過ぎの津波到着時間に海を見ていたが津波は観察出来なかった。
 襟裳岬では40cmだった。
 無事に朝を迎えた。

30日目 駅逓所

9月16日 月曜日

 浜っこ山ちゃんから7km程で羅臼峠だ。
 羅臼峠は80mなので知床峠のことを思えば大したことは無いが、せっかく85mまで登っても44mまで下りて。その後もアップダウンを繰り返してやっと峠越えになる。




 道の駅・おだいとう
 小さな道の駅だが、






トイレからの眺めは絶品だった。







 また、道の駅の建物の3階が北方領土展望台になっている。野付半島から国後島までは近いので北方問題のアッピール拠点になっている。






 今夜の宿は奥行のパーキングエリアだ。ここには国鉄の奥行臼の駅が有った。それ以前には、明治期から昭和5年までは奥行臼駅逓所が在った。駅逓所とは鉄道が発達するまでは馬を揃えて乗り継ぎをしたり、宿屋を兼ねていたり、現代の駅に比べると広範な務めを果たしていた。
 





大きな旅籠を兼ねた建物だった。





本館の外には厩舎や干し草用の納屋等も良く保存されている。






パーキングエリアは駅逓から徒歩5分。大きな東屋と清潔なトイレと水道の3点セットが揃った三重円のポイントだ。





29日目 知床峠

9月15日 火曜日

起床 4:30 曇り
出発 7:22 曇り 15℃


 星が煌めいた夜だったのでシュラフをダブルで寝た。効果抜群、ヌクヌクと熟睡。

 知床峠への道からウトロ港を出る岬巡りの観光船が出航するところだった。





 今年は羆が多いらしい。






標高740mの峠まではなかなか登れない。






知床峠に到着。





今夜は羅臼町のライダーハウス・浜っこ山ちゃんに泊まる。
素泊まり1000円。





天井からは塩引き鮭がぶら下がっている。





店は炉端焼き店なので晩飯は海鮮炉端焼き。色々な魚が出てきて食べきるのが大変だった。10種類の魚のてんこ盛り。





確かに沢山、珍しい八角などもでてきた、おいしかった。マイペースで焼きながら食べる。






朝はイクラ丼と毛ガニの鉄砲汁。美味しかった。






 60歳以上の人は胃薬を持参の事。
若者でも持て余す程の魚だった。3切れ有れば十分だのに10種類も有るのだ! 
 私は朝になっても息が魚臭した。

プロフィール

自転車で100名山

Author:自転車で100名山
10年計画で自転車だけで100名山を完登した記録。登山旅は旅程そのものがドラマだ! 定年からの100名山は自転車の旅で楽しもう! 
トムラウシへの道には車輪よりも大きなフキが群れている。

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