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35日目−2 10月31日 記憶をたどって

 屋久島にやってきたのは❝自転車で100名山❞の最終目標の宮之浦岳に登るためだが、私の最大の目標は50年前に仲間たちと汗まみれになった道をもう一度歩くことだ。テント村くすくすのオーナーの里美さんのご紹介で屋久島生え抜きで偶然にも私と同じ歳の柴 鐵生さん紹介して頂いた。柴さんは世界遺産登録前後に急変した山の変化に警鐘を鳴らし原生林との共存を求めて「屋久島を守る会」を立ち上げられた。また町会議員になって国会へも足を運んで、今も”世界遺産後”を模索されている。

 柴さんに教えて頂いた昔。
 今の屋久島には観光用の登山道が縦横に張り巡らせれているが、昔は、主だった山への参詣道・嶽参り道と山仕事・伐採用の道がある程度だった。登山客は森林鉄道の線路を登山道として使っていた。これは私の記憶と良く一致した。

 なら、どこを歩いたのだろうか? 
 私の記憶では、安房港から森林鉄道に乗せてもらって、小学校を過ぎた辺りで降りて、その後はトロッコレール道を歩いたように覚えている。それから花の江河と黒味岳を経て宮之浦に登った、とお話すると。今は草が茂ってしまって歩くことも出来ないが、伐採現場に近い所まで伸びていたトロッコ道を歩いたのだろう、いうことだった。このトロッコ道は昭文社の登山地図に旧石塚歩道という名前で今も薄い色の破線で表示されている。


 世界遺産に指定後の屋久島は完全に観光地になってしまった。柴さんのこの様なご心配は50年ぶりに訪れた私にも、ガイドの質は本当に担保されているのか、屋久島のガイドは大阪城の観光ガイドでは無く、あくまでも山岳ガイドであるべきだが という強い疑問が残った。

柴 鐵生 著  あの十年を語る ー屋久島原生林の保護をめぐって    五曜書房
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テーマ : 登山・ハイキング
ジャンル : 旅行

プロフィール

自転車で100名山

Author:自転車で100名山
10年計画で自転車だけで100名山を完登した記録。登山旅は旅程そのものがドラマだ! 定年からの100名山は自転車の旅で楽しもう! 
トムラウシへの道には車輪よりも大きなフキが群れている。

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