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お四国歩けばー25

5月31日 起床 3時30分
     出発 5時 18℃ 快晴

 昨日は時間に追われてお大師さんと話をする間もなく納経所に押印してもらった46番札所の浄瑠璃寺にお参り行く。田植え時期の土曜日といえば最も忙しいはずだのに、早朝の為か田に人影は無かった。
 お寺にも朝参りの人も居なかった。
 

 私はお大師さんに何時も同じことを話す。
「私の母は最近お参りに来ていますか? 元気に歩いていましたでしょうか? 父も一緒でしたか? 勝彦が会いたがっていた、とお伝え下さい」とお願いする。遍路道をもう半分以上も歩いたのに、まだ父母に会えない焦りが段々大きくな ってきた。
 私が母に会いたいばかりに急ぎ足で歩いたので、ひょっとしたら、母が寝ている間に私が追い越したのではないか。また、骨折した足が悪くなって、何処どで寝込んでいるのではないか、と色々心配である。

 家でも毎朝、母の仏壇にお茶を備える時にはお遍路の持鈴を鳴らしているので、きっと母もこの持鈴の音は聞き覚えが有ると思う。母が持鈴の音に気付いてくれることを期待して鈴を鳴らしながら歩いている。

 98歳の母を68歳で見送って、あれから3年、この耐え難い喪失感は一体何だろうか。これが絶ち難い仏縁というものだろうか。
 母に会って聴きたい「預かっていた延命治療拒否の書類を医師に提示したことは、それで良かったのだろうか。母の生命を断ち切ったのは私の行為だったのだろうか。あの時、拒否書を提出していなかったら今も母は100歳を越えて生きていたのではないか」と。

 延命治療拒否書を提示しなければならない立場が長男としての立場なのだと自分に言い聞かせても。母に会って、これで良かったのかと聴かないと私の迷いは終わらない。マヤの高貴な女子は生贄に成るために大事に育てられたと聞いたことがあるが、長男はこの迷いの中で生きなければならない宿命の為に大切に育てられたのだろう。


 50番札所繁多寺に続いて51番石手寺にお参りした。
 道後温泉に近いので参拝者も多い。皆さん、お大師さんに聞いて欲しいお願いが有るのだろう。




 道後温泉本館に入って積もった汗を流した。





 今夜は松山の市内のホテルに泊って、洗濯をして、明日の夜行バスに備える。(着替を極力持たないので、バスに乗る前にはどうしても洗濯が必要なのだ)。
 人間ドックで、こんどは腎臓が精密検査だ。心臓に続いて、色々な問題が起こり出したな~~~。また、お四国に帰って来られるか否かはお大師さんのお気持ちだけだろう。それで良いのだ、と思った。

 今日の歩行距離は29.4㎞ 
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自転車で100名山

Author:自転車で100名山
10年計画で自転車だけで100名山を完登した記録。登山旅は旅程そのものがドラマだ! 定年からの100名山は自転車の旅で楽しもう! 
トムラウシへの道には車輪よりも大きなフキが群れている。

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