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お四国歩けばー30

 途中で二回の中断が有ったとはいえ、まあ30日目を迎えることができた。

 今日は四国八十八ヶ所の中で最も高い所に有る雲辺寺にお参りする。標高は864m。雨が降らねば良いが。

 昨夜の善根宿は崖の上に付き出したように見える吹き晒のトラック用の車庫の一隅にベッドが置いてある。前夜はしばしば強風が吹いてベッドが揺さぶられた。しかし、久しぶりの畳と布団の感触で熟睡出来た。




 昨日は雲辺寺の登山口近くのバス停を予定していたが、両足に出来たマメが余りに痛くて、辛抱堪らず善根宿のお世話になった。夜が明けても、やはりマメの調子は良くない。しかし、遍路の宿りは一夜限りが原則で。嵐でもないのに連泊はお法度だ。よそ者が居着くのを防ぐ為に出来た古くからの規則だ。この決まりは遍路だけでは無く、乞食や六部と卑しめられた旅の香具師や芸人にも適用された。
 ひょっとしたら、天気予報の様に強雨が降って、出るに出られない、誰しも納得できる嵐が吹くのでは無いかとの希望から爆睡して目覚めたのは4時だった。夜中の烈風から期待した荒天とは裏腹に雲の薄いところは明るかった。これは旅立ちを促す合図だ。ラーメンを作る時間が惜しくてパンをかじって出発する。

 村の中の急傾斜の町道ををこわごわ歩く。寝ている間にマメは目一杯膨らんでいるので、特に歩き始めは激痛千倍だ。
 国道192まで40分。この先は自転車で石鎚から剣山への旅で走った。愛媛と徳島の県堺のトンネルまでの登りが延々と長かった。そしてトンネルを抜けるのに20分を要した。

 トンネルの先に予定していた便所と水道の揃ったバス停は鍵が掛かっていた。近くの食料店も食堂も閉鎖していた。国道沿いでも高速道が出来ると商売の気運は変わるのだ。しかし、マメのお陰で善根宿にお世話になって、結果としては大正解だった。

 雲辺寺へは境目トンネルを抜けた佐野集落から登る。パンを補充したくて佐野小学校の近所の店に狙いを定めて行ってみたが、小学校は閉鎖していた。二宮金次郎がただ一人で運動場に子供達が帰って来るのを待っていた。




 集落の外れに近い古びた店にパンは有った。脱酸素剤を封入した長期保存パンを老婆が二つ取り出した。息子は徳島市に家を建てたので、この店も私限りだと俯き加減に小さな声で言った。

 登り始めると小雨が降り出した。カッパを着て急坂に喘いだ。マムシグサが咲いている。秋の毒毒しさは無く茶花にもないそうな風情である。




 雲辺寺に10時15分着。なんと驚くほど大改装、いや大造営だ。山門以外は全てコンクリート。今年の四国遍路1200年記念に合わせたのだろうか。高い山の頂にようやくにして祠を建ててみ仏を主釣りしたという清廉さは微塵も無くなってしまった。
 ただ一つの木造建築は山門だった。それも新品。




 マメに泣かされながら長い坂を下った。
67番 大興寺

68番神恵寺と69番観音寺。
 名前が同じではないが、場所も同じ、納経所も一箇所で二つの寺の朱印を押す。ちゃんと料金は二軒分。確かに本堂や大師堂は二つずつ並んでいる。観音寺という地名にもなる有名寺だけに歴史の帰結だろうが気になる所だ。

 観音寺市で有名なものに砂で作った巨大な寛永通宝がある。近くで見ると、多少、砂場の砂が凸凹しているなーという感じだ。寛永通宝を一望するために近くの山の中腹に展望所が在るが今の足では行く気はしなかった。
 写真の中ほどの砂の壁の端から端までが通報の大きさ。



 今夜は寛永通報の公園で、巨大な通貨、今ならさしずめ宝くじの大当たりの夢を見ます。

 今日の記録。
 起床 4時。 出発 4時50分。  22℃ 曇り

 寛永通宝の公園  17時30分   34.76㎞


 やはり マメが痛い。明日はどうなることやら。
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自転車で100名山

Author:自転車で100名山
10年計画で自転車だけで100名山を完登した記録。登山旅は旅程そのものがドラマだ! 定年からの100名山は自転車の旅で楽しもう! 
トムラウシへの道には車輪よりも大きなフキが群れている。

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