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22日目 5月16日

 夜中に聞こえた雨音は朝になっても止まなかった。カッパを着て雨中行軍だ。
 神奈川県から来た同宿者は足が速くて、歩き始めて直ぐに分かれることになった。ところが不思議な縁で、分かれては再会し、再び別れても、またもや出会った。


 今日のコースは2つの峠を越える。小さな峠だが足元の悪いのは辛い事だ。

 下場峠に続いてひわだ峠をこえる。
 青葉に染まったアプローチを詰めると峠は桧の植林地だった。






 出発してから6時間、25kmを歩いて、漸く久万高原に着いた。今日はほぼ1日中雨に濡れていたので、咳が出だした。発熱を防ぐ為に旅館に泊まることにした。
 おもご旅館、名前の(おもご)はここから10kmほど行った所に存る景勝地の面河峡に由来している。今の女将さんが三代目で、落ち着きのある存在だった。
 建物も凝っていて、私が泊まった部屋は桧の間で部屋に使われた木材は桧に統一されている。外には欅の間、杉の間などが有る。
 一泊二食、頼んで翌朝はおにぎりにしてもらったが、6900円だった。他に洗濯機100円、乾燥機が200円だった。




 おもご旅館から歩いて15分で第44番札所 大宝寺だ。


門前町の外側に総門が在る。




 総門から徒歩8分で山門が在る。





 ここまでで遍路88札所の丁度半分の44箇所歩いたが、まだ父母に会うことは叶っていない。しかし、この先に期待を残して頑張ろう。


 大宝寺から裏山を超えて6km歩いて第45番札所 岩間寺へ行く。

 このお寺を特徴付けているのは、延々と続く急坂と急階段の拷問た。残念だが写真では表現出来なかったが、歳と共に体力が落ちた時、私が一番初めにお参り出来なくなるお寺だろう。

 寺の名前は大きな岩山の大きな窪みにお堂が建てられている事に拠る。



 
 山門に掲げた山名の額には海岸山とある。海から100kmは離れてあるであろう山国なのに海岸山とは不思議だ。打ち寄せる山霧を海の波と思えた故に名付けられた。

 



 この付近には穴だらけの岩山が連なっている。



 6000万年前、この付近は三波川の広大な川原で、堆積後に熱変成をうけ、更に隆起と浸食を受けて今の岩山の連なりになった。


 大宝寺と岩間寺の6kmを往復して、18時過ぎに旅館に帰った。
 風呂に入って身体を暖めたので風邪をひかずに済んだ。



 今日は13時間あまりで、49.3kmを歩いた。


 









 



21日目 5月15日

起床 3時50分 22℃。
出発 4時56分 25℃ 曇り。


 お世話になった遍路小屋は国道56のすぐ横なので、一晩中爆音に悩まされた。
 
 歩き始めて約5時間後、蒸し暑い大洲の街を歩いた。既に気温は28℃を差している。思えば、昨年の事、路上でNHKテレビのインタビューを受けた。その年で初めて真夏日で、お遍さんの暑さ対策は?
 対策は早朝の涼しい時間帯に出来るだけ距離を稼ぐこと。




 内子の市街地を過ぎると道の駅がある。川の小高い崖沿いに在って、とてもオシャレな道の駅だ。昨年はここに泊まったが、今日はまだ時間が早いので、歩き続けた。

 この先は小田川に沿った小さな村落を縫って歩く。所々の村にはお堂が存る。今夜はそんなお堂の楽水大師堂に泊めて頂いた。
 中には、正面にお大師さんが祀られた、あくまでもお大師さんにお参りするためのお堂だ。約6畳ほどで、シュラフを持参すれば5人は泊まれる。お堂の前のお店からうどんのお接待を頂いた。このような遍路への処遇は何時までも続いてほしい。そのためには遍路側も十分な礼を尽くさなければならない。
 この夜は神奈川県からの60代男性と一緒だった。





 今日は12時間30分で、44.3kmを歩いた。

20日目 5月14日

 昨夜は快晴でお遍路に来てから第一といえる星空でした。夕方から冷え始めたので、長袖の下着も、カッパの上着も、もちろん下も、有るもの総てをきました。何度も目が覚めて寝た気がしなかった。

 寒い筈だ、朝は10℃、快晴。

 今日は長丁場になるから少しでも早く出発したいのに気ばかりが焦ってパッキングがまとまらない。
 出発は4時55分、晴。寒くて早く歩きたい。


 宇和島駅まで20km、約5時間。
 昨年、駅の西側の家のガラス窓の中に紫色のフクシヤとおもえる花がてんこ盛りに満開に咲いていた。
 今年も満開を期待して覗き込んだ。う~む、残念、満開は過ぎていた。また来年を期待しよう。




第41番札所 龍光寺

 此処まで30km。



第42番札所 佛木寺

 鐘楼が茅葺きなのが珍しく、如何にも田舎の寺を想像させて親しめる。また、山門も重厚な作りだ。






 この後、歯長峠を通過する。登りもしんどかったが下りはもっと急坂だった。


第43番札所 明石寺

 歯長峠の急坂が応えて平野に下りてもペースが上がらない。どうにか納経帳の受付には間に合いそうだが、寺を目前にして急坂がまっていたが、ぶじに納経を済ませた。







 今夜はレストランのオナーがレストランの駐車場の一角に設けた遍路小屋に御世話になる。
 こんな所に良いレストランがあるなら、あんなに不味いコンビニ弁当を食べなかったら良かった。後悔しきりだ。





 今日は11時間30分で、48.5km歩いた。
 明日の天気が心配だ。


19日目 5月13日

 ホテルの朝食は7時から、昨日と同じ、魚の干物、玉子焼、海苔、納豆、味噌汁、漬け物とお定まりの和食メニューだ。日頃から朝はパン食に慣れていると和食メニューでは食欲が湧かないがエネルギーの為にしっかり食べた。

 出発は7時30分、15℃。


 宿毛から北へ行く遍路道は標高300mの松尾峠を越えるのが普通た。昨年の経験では山道に竹の落ち葉が厚く積もって、更に昨日の雨と重なって大変に滑り安いので国道歩きにした。



 遂に修業の道場といわれる土佐の384kmを歩き終えて三番目の伊予の国に入った。
 約半分を歩けたのが嬉しい。
 その一方では、半分の行程を歩いたのに、まだ父母に会えずに居るのが悲しい。次のお寺で待っているのだろうか。





第40番札所 観自在寺

 ここまで21.8km。12時10分。

 何時もは11時頃に眠たくなるが、ホテルでの連泊が効いたのか快調に歩けた。







 今夜は嵐坂ポケットパーク風園の東屋に泊まる。
 路傍のちょっとした公園でトイレと東屋が3棟ある。家族連れが手直に来れるようだ。






 山の中なので夜風が冷たい。明日も好天気だろう。

 今日は42.6km、12時間30分の旅だった。

18日目 5月12日

 台風6号が四国沖を通過。
 昨夜から雨になったが、昼前は強い雨が短時間降った。
 夕刻からは青空が所々に見えた。

 秋沢ホテルには和食レストランが在るので雨の中を出なくても良いので助かった。
 昨夜の2500円のカツオたたき繕は食べきれないほどの種類が出てきた。たたき、天ぷら、刺身、茶碗蒸し・・・。
 今夜の1500円の繕は天ぷらがキビナゴのフライに、たたきが無くなったが、それでも十分だった。
 私が気に入らなかったのはキビナゴのフライにトンカツソースをベースにしたタレが掛けてあったことだ。私は海鮮のフライ、かき、シシャモなどはタルタルソースがマッチすると信じているからだ。田舎では無頓着に香りと味が濃いソースを掛けて、折角の海鮮を台無しにしている事がままある。


 部屋はシモンズのダブルベッドで、部屋も広く、本当にお得だった。繁忙期にはダブル仕様で運用するらしいが、今は連休明けで客が少ない時期なので大サービスだった。




 明日は台風一過、暑くなりそうだ。

17日目 5月11日

 台風6号が接近する。明後日は荒れるからホテルに泊まる必要が有るので宿毛を目指す。

 起床3時45分
 出発5時、快晴、18℃。


 以布利漁港のマンボウ広場をでる。温水シャワーや広い東屋、何より親切な住民が有り難く大勢の遍路がお世話になる。





 笠が持ち上げられるような風が時々吹く。打ち寄せる波も勢い良く岩に砕けている。こんなに天気が良くても台風は確実に接近しているのだ。

 
 今日のルートは大まかにいうと、市野瀬までの国道歩き、次は三原村を挟む約20km,国道56を歩く3kmほど。問題は中間の三原村だ。コンビニや適切に逃げ込める所が無い。

 このコースで必要な食料を買えるのは下ノ加江のコンビニが只一カ所だ。雨に閉じ込められる事態も想定して二日分をかう。


 市野瀬(水車)、8時50分、15.8km。
 ここまでは一昨日に歩いた道だが、この先はわからない。過去二回の遍路では、足摺岬からは土佐清水に、そこから標高646mの松尾峠を越えた。今回は一番楽だといわれる市野瀬からの県道415をとる。
 成山峠まではだらだらと長い登りだが、やはり松尾峠よりは楽だ。
 コースにはバス停マークが案内地図にはあるが、三原村のデマンドバスだ。殆ど走っていないようだ。

 農家民宿・風車の前を通るとふんわりした良い香りがして引き寄せられた。どぶろくで香り付けした饅頭作りの最中だった。そういえば、近所の神社ではどぶろく祭りが有る。
 蒸し上がった饅頭をお接待して頂いた。アルコールの微かな匂いがアルコール過敏症の鼻のセンサーが警報を鳴らしたが、甘さを控えた小豆あんと薄皮の口触りに引かれて3個注文した。それも、瞬く間に平らげ、また2個注文した。この2個はお接待していただいた。お接待3個に買ったのが3個。瞬く間に6個も平らげた。
 歩き始めて、何となく顔が火照って、どぶろくを食い過ぎたことを後悔した。しかし、それ以上の事も無く、足は快調に進んだ。

 この道筋で食事が出来るのは風車だけだ。ふれあいの里の休憩所は何処にあるか分からなかった。梅の木公園は頭上を通る道路からは大分低い位置に在るので、わざわざ行くのは億劫になる。

 市野瀬から三原村を抜けるルートでは、休憩所も食料品も手に入らないとの覚悟が要る。


第39番札所 延光寺

 40.4km 歩いて、15時15分に到着した。
 三原村からの県道21から国道に出てからも2km、長く感じる距離だった。大きなお寺では無いが、良く整備されたお寺だ。






 いよいよ雲行きが怪しくなってきた。明日一日は朝から荒れ模様になるので二泊は宿泊まりする。

 宿毛迄あるいてホテルを取った。


 今日は13時間で、49.9km 歩いた。

16日目 5月10日

 今日は今まででの最長距離になるだろう。金剛福寺までが46km,それから、どれほど逆戻りが出来るか。

 起床3時。
 出発3時50分、未だ真っ暗、ヘドランで歩く。

 四万十川に架かる同名の大橋を渡る。この川の雄大さは東京の多摩川や荒川には無い。そして、人の関与を許さない荘厳さがある。




 昨年お世話になった野鳥公園に新しい遍路小屋が出来ている。

 市野瀬というよりは水車と言う方が通り易い。水車のトイレ迄が20km。

 窪津漁港まで来た時が14時27分、金剛福寺までは10kmだ。
 納経帳の締切の17時までの残り時間は2時間30分、残りの距離は10kmだ。1時間に一里を歩けば、ギリギリ間に合う計算だ。そこで、ザックを道端に置いて、空荷で韋駄天走りを決めた。

 
第38番札所 金剛福寺

 作戦が功を奏して、16時8分に着いた。







 飛ばした為に左足の裏にマメが出来たようだ。正に足摺岬とは足を引き吊りながら歩く事になった。







 それから10kmほど引き返して漁港の東屋に寝る。
 今日は53km歩いた。

 今夜はマメの手当てをしなければ。

15日目 5月 9日

 起床3時 18℃ 曇り
 出発4時10分
 今日は昼前から雨の予報なので、少しでも距離を稼ぐ為に、ヘッドランプを着けて歩き始める。

 6km余り歩いた伊田小学校前向側のお堂の前で老婦人から声を掛けられた。
 「ここのお堂に泊まりなさい。今日は強い雨が降るよ。トイレも有る」と盛んに勧めてくれた。しかし、この付近では食料が手に入らない。何より、未だ降り出していなかったので先に進む。

 青田に張られた水に波紋を残すような雨が降り出した。カッパを着て、兎に角歩く。

 道の駅・ビオスおおがたに着いた。雨が強まったので、今夜は宿泊まりにする。
 今年初めての宿泊まりの予定を立てた。
 5月 4日に安芸市で風呂に入って以来なので、風呂にも入りたいし、洗濯もしたいが、一番近いホテルは、今夜はウエディングが、入っている。と、いうことで遍路ガイドに存る民宿を目当てに歩いた。二軒の宿とも廃業していた。やもえず土佐入野駅の庇を借りた。


 風呂はまたのびた。

 今日は17.3km しか歩いていない。
 

14日目 5月 8日

 昨夜は篤志家が建てた休憩所のお世話になった。ベッドに毛布、掛け布団まで備わっている。ただし、定員1名だ。
 毎日、硬い地面に寝ているせいか、フワフワのベッドに落ち着けなかった、というのも初めだけで、すぐに爆睡に堕ちた。
 次に目が覚めたのは寒さからだ。手元の温度計は12℃だ。夜が冷えるのは好天気の印だ。


 起床は3時30分、未だ暗くて雲の状況は不明。
 出発は4時50分、寒い筈だ、お星さんピカピカの快晴。しかし、南国の空気は湿度が高いのでクリアではなあ。星空は何と言っても雪山で観るのが一番だ。


 昨夜寝た土佐久礼から次の札所へ行くには、七子峠を越える予定をしていた。峠への分岐点に来て初めて七子峠道が伐採作業中の為に通行止めと知らされた。
 この分岐点に来るまでには、もう一つの「そえみみず遍路道」も選択出来たのに、ここからの残された道は国道しか無い。
 今まで、このルートを2回歩いたが、何時も七子峠道を歩いた。四国遍路道の中で一番きつい坂道、今度も、やる気満々だったが、出鼻を挫かれた。時間は掛かるが国道歩きは楽なものだ。


 七子峠からは眼下遠くに須崎湾が見える。





第37番札所 岩本寺

 峠から4時間歩いて岩本寺に着いた。今は中土佐町というが、窪川町は土佐黒潮鉄道の分岐点するが、町は岩本寺の門前町から始まったと想わせるほど町を通る道の突き当たりに山門が在る。




 この岩本寺から、足摺岬の金剛福寺までの80.7kmの間が一番遠い。

 今日は47.1kmに約14時間掛かったが、明日も同じほど歩いてもたどり着けない。ひたすら耐えるのみ。

 

13日目 5月7日

 日蓮正宗のの第二波が有ろうとは。


 起床は4時、15℃、小雨
 
 出発すると、すぐに峠道になるので雨の止むのを待って出発を遅らせる。出発は5時30分、小雨が霧雨状態になったので出発する。

 高度差145mの越地峠を越える。峠の頂からは展望を期待するものだが、ここの越地峠では叶えられない。


第36番札所 青龍寺

 お寺は横波半島に存るので、昔は渡し船を利用したがいまは宇佐大橋を渡る。




 三重の塔が在る。




 今年初めてのアジサイを見た。




 お参りを済まして、大橋を渡り返す。浦の内湾に沿ってくねくねと回り道を、歩き疲れた時だった。

 「お遍路さん、何故、遍路をするの?」と聴いてきた。私の個人的な目的、父母に会いたいと話したが、それからくどくどと空海と真言宗批判が続いた。
 私はここまで24kmも歩いているし、ザックも背負っていて足が
遅いのを良いことに何時までもついてきては、嫌みを散々言われた。
 このオヤジも日蓮正宗だった。
 昨夜の話といい、創価学会の池田大作会長?と喧嘩別れした日蓮正宗は躍起になってキャンペーンをやっているのだろう。歩き疲れている歩き遍路を標的にするとは卑怯千万。


 今夜は道の川の篤志家が建てた休憩所のお世話になる。

 今日は42.3km歩いた。

お休み。
プロフィール

自転車で100名山

Author:自転車で100名山
10年計画で自転車だけで100名山を完登した記録。登山旅は旅程そのものがドラマだ! 定年からの100名山は自転車の旅で楽しもう! 
トムラウシへの道には車輪よりも大きなフキが群れている。

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